映画「ピカチュウたんけんたい」を見て、大人になったことを初めて後悔した。

 

概要

ポケモンたちだけで探検する清らかなせかい

1999年に公開された映画、「幻のポケモン ルギア爆誕」のオマケとして見られる「ピカチュウたんけんたい」。

ピカチュウをはじめとした、サトシやカスミたちのポケモンたちだけでトゲピーを探しに行くお話です。

ポケモンは人の言葉が話せないので、ナレーターのお姉さんが解説しながら話は進んでいきます。

洞窟や森の中を探検し、嵐に遭遇してポケモンたちで助け合い、最後はトゲピーも見つけて、サトシたちの元へ帰る。

至ってシンプルな、けど優しい気持ちになれるお話。

20年前に見た時とは違う感情が起きていて、自分が大人になっていたことを実感しました。

そんな大人目線での「ピカチュウたんけんたい」の感想をここに書いていきます。

 

 

 

 

感想

どうして大人になっちゃったんだろう、という気持ちになる

突然ですが、僕は大人になれたことはむしろ喜ばしいと思ってます。

自分でお金を稼いで、好きなところへ好きな時に行き、やりたい事を目指して行ける。

やりたいことのために自由に動けることは、大人の特権だと思います。サトシみたいに10才から旅ができるなんてうらやましい

だから「子どもの頃に戻りたい」、と言う人たちの気持ちがあまりよくわからなかった。

大人のほうが力があるし、やりたい事やれるじゃんと。

 

そう思ってたのに、このピカチュウたんけんたいを見て、初めて大人になったことにじわじわと後悔が。

嵐の中ポケモンたちが暴風に飛ばされないように支え合う姿を見て、助けたから何かお宝がもらえるかも。とか考えたり、

洞窟を訪れたピカチュウたちに踊りを披露したキレイハナたちを見て、これだけの規模の演奏なら儲かりそう、とか、

打算的に考えてしまってる。

日本昔話で言うところの欲に目がくらんで、痛い目見る悪いおじいさん的な思考。

ロケット団のようなあくタイプにちょっと染まってる自分がいることに気づいて、かすかに嫌悪感を感じてしまってます。

子どもの頃は、欲に目がくらんでひどいことしちゃだめなんだ。そんな風にはならないぞ、という気持ちがあった。はず

それが少し叶わなくなってる。

 

悪事を働いたことはないつもりだけど、お金とか恩の貸し借りみたいな考え方は身についてる。

この映画のポケモンたちのように純粋な気持ちだけで動くことが、いつの間にかなくなってる。

まぁ時にはズルいことしなきゃうまくいかないこともあるし、それはそれで楽しいと思えるからいいんだけども。

大人になって経験することで、もう昔の頃には戻れない。

大人になるのは良いことでもあるし、味わえなくなることもあるんだなぁと思った次第です。

とか哀愁漂うコメントでさーせん。

フシギダネにつるのムチで打たれて反省します。

 

コロコロコミックの全盛期だった?

もう今は小学何年生みたいな雑誌はない気がする。別冊コロコロコミックってなんだ?

この頃がポケモンブームで、コロコロも勢いがあったのかもしれない。おはスタとか早起きできた日とかは見てたし。

テロップ見るだけでも、時代の移り変わりってわかるんだなぁってね

 

イーブイは数あるポケモンの1匹に過ぎなかった

今やピカチュウに次ぐ二番手とも言えるイーブイ。

Switchでピカチュウ&イーブイが出た時は、「いつの間にイーブイがこんな人気出てんの?」とびっくりしました。

 

ポケモンセンターに行けば、イーブイの各進化のぬいぐるみが売られているし、

ゲーセンの景品でもイーブイズ勢ぞろいのお財布や小物入れなんかもある。

 

ピカチュウたんけんたいの頃は数あるポケモンの1匹に過ぎなかったのに、気づかないうちに人気が出ていたようです。

やはりニンフィアちゃんがかわいすぎるのがヒットしたんだなうんうん。

 

 

まとめ

この記事読まなくてもたんけんたいは見てくれよな

哀愁ある内容になっちゃったけど、ポケモンたんけんたいのお話は良いと思うYo

何も考えず、ピカチュウたちの活躍を見たほうが楽しめると思う。

だからルギア爆誕を見る機会があったら、ついででいいからピカチュウたんけんたいも見てみてくれよな!

きっとやさしい気持ちになれると思うの